会社概要

杉元産業株式会社は、横浜にて創業30年と成りました。その間沢山の方々のご助力を賜りました。お得意先様、また、仕入先様、そして、その他の弊社に関係する諸兄の方々に先ずは、感謝申し上げたいと存じます。

最近の経済状況は皆様ご承知のごとく100年に1度の世界的な不景気に見舞われております。弊社企業理念でございますが「企業と企業を繋ぎ社会に役に立つ製品造りの一助として社会に貢献する」の通りお得意先並びに仕入先その他関係する企業様と手を携えて乗り切って行く所存であります。

弊社は創業当初はねじの販売から始めました。ねじと言うのは低単価部品でございます。中々数量が多くないと商売になりません。従って段々と加工品へと変化し製造業へと発展してまいりました。アスファルト用ねじアンカーも、自社開発商品の代表と言えます。お陰さまにて現在は多くのお得意先様、また、多くの仕入先様に恵まれて営業させて頂いております。

代表取締役社長
多田 昇


近年になっては設計から完成品までを手掛ける様になりました。やはり会社を繁栄させて行くには独自色を持たなければなりません。そう言う意味合いからも、自社ブランドの開発を進めてまいりました。しかし、なかなか思う通りには行きません。特に問題になってくるのは開発費及び販売力であります。開発費については、国及び県の補助金制度を利用させて頂きました。しかし、販売については、大手企業のようにテレビ宣伝をする訳にも参りません。

地道に営業するより方法は有りません。従って大変な時間と経費が掛かります。そこで現在は少し方向転換を致しました。要するに販売力を持った企業と一緒に開発することです。それがOEM生産であり、OEM開発であります。特に最近一緒に、生産、開発をさせて頂いております、協業企業さまの株式会社みどり精密様です。どの様な製品かと言いますと、このホームページにも掲載させて頂いております炉内監視カメラです。このところ販売面で拡大して来ております。この不景気の中大変喜ばれております。

今後共に弊社企業理念を基本として、日本の誇れる技術を次世代へつなげていくためにも会社経営に励んで行く所存です。何卒、今後共に皆様方のご指導ご鞭撻を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
私たちは、人間の幸福の為に、企業と企業のネットワークを通じて、人間及び環境に優しいものの創造と、ハイクオリティ並びにオリジナリティを追及して社会に貢献する

社是

積慶 慶びを積み・・・・・・・・・・・・・・・・・・(生活の保障)
重暉 暉を重ね ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(生きがい)
養正 正しき道を養わんが為に・・・・・・・・(社会正義)

経営方針

1.顧客優先の精神に徹する
2.常に会社の繁栄を第一義とする
3.品質、納期管理を重点項目とする
4.責任ある積極的な行動を旨とする
5.和の精神「異なりを認めて一つを生きる」を実践する

経営者としての責任

第一、企業は社会に役に立つ存在でなければなりません。 
第二、「生活の保障」に社長は責任を持たなければなりません。
第三、「生き甲斐」仕事に対して誇りを持てる環境が必要です。
第四、「社会正義」世間に堂々と後ろ指を指されることのない倫理観がある。

日本の国柄

今上天皇のお言葉

日本の国は唯一の国家と言える国であります。それは、日本の国は唯一家族がそのまま国になった国だからなのです。 天皇を中心にした家族、それが日本です。天皇は常に国民のことを心配されております。

先般、今上天皇はご退位のことでお言がありました

「私が天皇の位についてから,ほぼ28年,この間(かん)私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました」

昭和天皇

昭和天皇は太平洋戦争開戦の時、明治憲法下天皇の名の下に開戦しておりす。

しかし、国民のことを思い開戦ぎりぎりの時まで反対していました。それは、実際には天皇には政治に意見をいうことは、慣例上出来なかったのです。内閣が決定したことに従い国璽を押さなければならなかった。権限がなく止めることが出来ず開戦へと突入して行きました。

この様に 天皇は国民の事をいつも心配し、 国民は天皇のことをお慕いしてきたのです。最近、大変災害が多く発生しています。そこにはいつも天皇がおられます。

国民の師表

象徴としての務めとは何か、それは天皇とは国民の師表であり、天皇は国民にとって尊敬出来る存在で無ければならないのです。国民は 天皇を家族でいえば父親のようにお慕いし尊敬申し上げる。そこに天皇と国民の間に信頼関係が生まれ安心し、より良い国民生活をおくることが出来ます。そして、家族同様の一体感が生まれ統一された国家といえる所以です。

日本人の行動

日本人は先般の東日本大震災においても動揺せず淡々と行動しています。また、ブラジルで行われたサッカーワールドカップの会場で、日本の観客は試合が終わり最後に席を立つときに、当たり前の如く、自分が座っていた席の周りを掃除して帰りました。こういった行動を、外国の人達は感心していました。それは日本には人間としての師表と出来る立派な天皇がおられるからなのです。

仁徳天皇

時代はさかのぼり 仁徳天皇 の砌、天皇は高台に上がり国民の様子を見ていました。そうした時に、 夕刻の 食事の支度をする時刻になっても 煙が上りませんでした。 如何したんだろうと近従のものに聞いてみると、 国民は近年天候が悪く作物が不作で食事も満足に出来ない状態であると言うことでした。それを聞いた仁徳天皇は、それから 2年間国民の税金を免税にしました。

そして、天皇と言えども着ているものはほころび貧しさを国民と共に耐えました。そうして 2年後にまた高台に上がり国民の様子を見た時 、今度は国民の家々から煙が上りました。その時に仁徳天皇は言われたそうです。「我富めり!」と、国民の豊かさが即自分の豊かさである。 これが日本の天皇であります。
そして、国民は天皇に感謝して天皇がお亡くなりになった時、あのような御陵(前方後円墳)を国民自ら進んで作ったとのことです。(ある学校の先生は、この仁徳天皇の御陵を、権力で強要し無理に国民に作らせたと教えていたそうです。大変な間違いであります)この様に 天皇は国民の事を思い、 国民は天皇のことをお慕いし、尊敬仰慕してきたのです。

建国記念日とは

今年は日本建国以来2,677年(皇紀)に当たります。これは神武天皇が建国してから2,677年目と言うことです。インドネシアではこの皇紀のカレンダーをいまだに使っている所があるそうです。日本の建国について、戦中、戦前の方は、学校で教わっています。

しかし、私達戦後の人は何処でも教えて貰えません。何故かというと戦後GHQによって、この様な、日本人としての誇りとする様なことの多くを教えるのを禁じたからです。
今年で戦後72年にもなります。戦争を知っている人はもう僅かの人だけです。しかし、日本の建国を教えようとしないのです。でも唯一あるのは2月11日の建国記念日です。何故この日なのか、また建国記念日とはどの様なものなのか教えてくれません。

この2月11日は、神武天皇が建国した日その日が丁度旧暦で1月1日に当たります。そこから連綿と2,677年天皇家が血統を切れることなく続いております。そして、天皇と国民は、父親と家族のような関係を国の家族とする唯一「国家」として存続しています 。この様な国柄が日本なのです。

和の国「異なるが故に異なる」

日本は和の国です。和とは、「異なりを認めて一つを生きる」です。得意なこと、好きなこと嫌いなことみんな様々です。誰しもみんな考え方が違います。だから良いのです。皆、好きなこと、得意なことが同じであるならば、ものごとが成り立ちません。

野球で言えばピッチャーも居ればキャッチャーもいるし内野も外野もいるから良いのです。会社で言えば、営業、技術者、経理担当、経営者とみんな持ち場がいる訳です。そこでみんな違うから「異なるが故に事なる」です。

会社としての理想

会社としての理想は、社長が天皇の役割です。社員は国民となり、社長は常に社員のことを思いやり、社員は社長を師表として仰ぎ見、皆得意分野を100%発揮して仕事を生きがいとして働き、その家族も満足し生活が出来ることです。

会社の和

異なりを認めて一つを自覚する

会社が繁栄するには、社長を中心に社員の力が一つになり個々の力を100%出し切ることが重要です。
そこで、日本では良く知られているところの、聖徳太子の17条の憲法の最初に「和をもって貴し・・・・」と書いてあります。この「和」で有ります。

それでは、和とは具体的に言うと何なのかとなってきます。そこで私の師から教えて頂いたことを申し上げます。それは、和とは 「異なりを認めて一つを自覚する」 であると言うことです。そこで 「異なるが故に事なる」 異なるが故に事がなるのです。 全く同じ考え同じ能力ではまた困る訳ですが。しかし、人間は皆何処か違います。 人それぞれに個性があり、長所もあり、短所もあります。 自分と考えが違うからと言って批判しあってばかりではしかたがないのです。

その個性をお互いに認め合い一つの集団を自覚するということです。人は皆良い所もあり悪いところもありお互いさまです。そこで互いに認め合うことが重要になってくる訳です。 中々難しいことではありますが。そこに必要になって来るのが中心人格であります。会社と成れば当然その中心人格は社長になる訳ですが、重要なのは中心人格としての社長は、社員にとって尊敬できる存在かということです。その社長を尊敬仰慕出来るか如何かです。尊敬できる存在であれば社員は社長を中心に全力を尽くすはずです。

それでは社長はと言いますと社員に対して如何接するかと成ってきます。社長は社員に対してやはり報いる存在でなければなりません。それでは如何接するか。私の師は言いました。それは 、「社員をわが子の如く見ることが出来るかどうかだ」 と、中々社員とはいえわが子と同じに見ることは難しいことです。

社員に対して公平に、褒めるときには褒め、叱るときにはわが子の如くに叱る。社長だけが楽をしてでは社員は付いて来ません。社長は社員と一緒に泥を被る。すなわち、社員と共に苦楽を共にすることが、「この社長にならば苦労を厭わない」と最善を尽くすと言うことです。そう有りたいと常々考えながらいつも社業に励んでおります。

自転と公転

会社と言うものは、社員は上司からの命令に従って仕事をする事になりますが、上司は社員に一々付いている訳には行きません。従って、こと細かく指示する訳に行きません。当然自分で考え知恵を出して与えられたテーマに結果を出して行く。

当たり前のことですが、この当り前のことが中々出来ません。乳母車を人(上司)が押した分だけ前へ進み、押すのをやめたら止まってしまう。この様なことでは会社は立ち行きません。

月は地球を回っていますが自らは回っていません。地球は自転しながら太陽のまわりを回っています。要するに自転しながら公転しているのです。そして、月には生物は無く、地球には生物が住んでいます。     

この様に公転しながら自ら回ることが生物が住み、会社でも自ら回る、要するに自ら考え、行動し、結果に責任を持ちながら、そして、地球が太陽の周りを回るごとく上司の指示あるいは会社の方針及び理念に従い成果を出して行く。このようにあらねば会社と言うものは繁栄しないのです。

地球に生命があるのは、この自ら 自転 する事によって太陽の光を全体で浴びる。また、 公転することによって春夏秋冬の季節感を味わいながら変化して行く。 そこに躍動感が起きて繁栄がある 。この様に、師は教えてくれました。勿論、そこには上司も太陽が光を与える様に、社員から尊敬に値する存在であることはが要求されるのです。

会社概要

社名 杉元産業株式会社
住所 杉元産業株式会社
住所 〒224-0053
神奈川県横浜市都筑区池辺町4706
TEL
045-929-5911
FAX 045-929-5977
mail info@sugimoto-ss.co.jp
代表取締役 多田 昇
設立 昭和63年8月
資本金 1,000万円
取引銀行 日本政策金融公庫、UFJ銀行鷺沼支店,横浜銀行日吉支店,川崎信用金庫有馬支店

営業品目

ねじ類全般, 機械加工(旋盤、フライス、マシニング、研磨、ワイヤー、放電、その他)
板金・製缶加工(タレパン、レーザー、ベンダー、プレス、溶接、パイプ曲げ、その他)
荷揚げ機(ユニパー商品)
ペットボトルラベル剥離機(第一板金製)

主な販売先

アネスト岩田(株),小糸電工(株),(株)トーカイコンベア、ユニパー(株)、みどり精密

アルバック機工(株)、大川原化工機(株)、ストラパック  (株), その他

機械設備(協力会社含む)

マシニングセンター1台、NC旋盤1台、NC自動盤1台、レーザー加工機1台、溶接機1台、旋盤1台、立型フライス1台、卓上旋盤1台、自動盤1 台、平面研削盤1台、成型研削盤1台、ボール盤3台、タッピングマシン2台、万能ノコ盤1台、キックプレス1台、グラインダー1台、エンドレスグライン ダー1台、コンプレサー1台、高速自動プレス1台、投影機ニコン1台、その他検査設備多数
電車の場合 JR横浜線『鴨居駅』北口を出て、鶴見川を渡ったら、右へ道なりに。徒歩で約10分。
ララポート横浜から徒歩5分。
車の場合  緑産業道路新整橋西側から500m。
JR横浜線『鴨居駅』北口階段を下りて、正面の鶴見川を渡ります。

橋を越えたら階段を下りずに川沿いを右に入っていきます。
①JR横浜線『鴨居駅』北口階段を下りて、正面の鶴見川を渡ります。

橋を越えたら階段を下りずに川沿いを右に入っていきます。
②道を下って1つ目のT字路を左に入りますと信号が見えます。信号手前に杉元産業の看板がありますので、

左に入ってつきあたりになります。
③緑産業道路(大通り)から華屋与兵衛手前の道を右にでも来れます。

川沿いの道の方が少し近いです。

帝国ニュース

杉元産業(株)は、機械部品加工、板金加工を中心とする開発型企業。機械部品でもある様々なネジ、ボルト、ナットを国内外100以上の協力工場と提携し、開発から設計、金属加工、完成品の生産まで手がける。

炉内監視カメラなど数々のOEM開発・生産、また、ペットボトルラベル剥離機、荷揚げ機、の販売に携わった多田昇代表に独自の新製品についてお話を聞いた。

ねじを回さなくても締まる早送りナット

試作品が完成し、現在販路開拓を行っている「スピード・ナット」も、ねじは回すものという固定観念を覆す製品だ。普通、ねじは回さなければ締まっていかないはずだが、回さずに一気に押し込むだけで締結することが出来、戻ることはない。元に戻すには回さなければ外せない仕組みになっている。

木造住宅は経年で柱が乾燥して収縮し、ナットに緩みが生じる。「スピード・ナット」は木痩せに追随していくので緩まず、増し締めの必要としない。住宅の天井裏は階下から見てもねじが緩んでいるかどうかわからない。特に頬っておくと小さな地震の揺れでも天井がガタガタしたりすることがある。

避暑地などで目にするログハウスなどは、柱と柱を締結しているねじが柱から離れて隙間が空いているのよく見かけます。

このスピードナットのもう一つの特徴は、建築現場で、天井を吊るす為に長ネジを使います。その時下から高所に向かってナットを長い距離回していかなければならない。しかし、このスピードナットを使用すると一気に締結が完了します。
また、基礎工事でコンクリートを流す木枠を作るときに長ねじを使っているが,スピード・ナットに替えればを使えば回して締める手間暇、作業工数が減って作業効率もよくなると工務店やハウスメーカーのお墨付きも得ている。

多田代表は新たに開発した商品があると言う。今年2月のテクニカルショウヨコハマ(第38回工業技術見本市)に出展した蝶ナットプラスだ。一方向しか回らない緩み止めねじです。ここまではよく見かけます。でも一方向しか動かないのでは取り外すときに困るということで、新たに開発したのが、ボタンを押すと回らないはずのものが回るようになります。これが蝶ナットプラスです。

構想と製品化の間をつなぐ

多田代表は建築・建設業界以外にも販路を築きたいと様々な業界関係者に試作品を持ち歩いている。顧客の驚いた顔を見るのが楽しいが、新たな用途に気付かせてくれたり、逆にこんなものは出来ないかと提案されたりと、刺激を受けることで固定観念を覆す構想が生まれるそうだ。そして構想と製品化の間を協力会社100社の個々の得意分野でつなぐことが大企業に対抗できる当社のビジネスモデルとなっている。

かながわ経済新聞